サンサンコーナー
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不動産のおはなし.2
長さの「尺」単位と現代の使われ方
空間とはなんだろう、宇宙のことか?私たちはこの広い宇宙の太陽系の地球という惑星に住んでいます。広大な宇宙から見れば1つの粒みたいな地球に我々生物は住んでいます。この何兆個とある星の中で生物が存在している星は未だ発見されていません。この生物の発生は、あらゆる偶然が重なり合って起こった奇跡と言えます。その生物の中から、人間という生物が突出してきた理由は、知覚を持ち始めたからだと考えられています。知覚から人間は、長さというものを発見・創造してきました。我々が子どもの頃に学んだことは、まず点があり、点の連続が線となり、線が長さの表現となり、線が面を創り出すということです。一次元、二次元、三次元、四次元の世界の発見です。
今の話の根元は、三次元の面の話です。長さはm(メートル)、間(けん)と表現されますが、m(米、メートル)はヨーロッパ、間(けん)はアジア、特に中国で発見され、日本式に改められました。この米四方は、1平方米となり(1m×1m=1㎡)、坪は1間×1間=1坪となります。今では、尺貫法が廃止され、米(メートル)法によって表現されるようになりました。米(メートル)というようになった根拠を私は知りませんが、この根拠を探るのも面白いかもしれません。
坪という単位は、一坪で米一升が生産できることから作られた単位だったようです。よって、米の生産効率が悪い時代には、かなり今より広かったと思われます。今では、1間×1間=1坪となっています。1間は1.812mで、1.812×1.812=が坪なので、平方米を坪に直す時は平方米×0.3025又は平方米÷3.30578で計算すると良いでしょう。私の子どもの頃は3.3で割っていましたが、これでは誤差が大きいため、不動産のプロは3.30578で割っています。銀座の坪1億円のところの誤差は金額に直してみるとよく分かると思います。一度試してみてはいかがでしょう。
さて、一坪で一升の米が生産できることは施政者にとって実に都合の良い測量でした。土地の坪数で収穫高が分かるので、課税し易くしていたのでしょう。江戸時代には5公5民という仕組みがあり、50%の税率を課していました。ひどいところになると7公3民という地域もあったそうです。「これじゃあとてもやっていけない」ということで、一揆を起こしたり、直訴状という訴えを起こしたりしたそうです。士農工商という言葉からも分かる通り、位は侍の次に偉かったのですが、実態はかなりひどく、百姓は生かさず、殺さずという苛酷な課税だったようです。一番下の位の商人が富を蓄え、力をつけていき、世の中を更える力となっていったようです。特に江戸時代になると、富の蓄積が成され貧富の差が拡大しました。昔は山、田などを所有する資産家のことを「高持ち」と言いましたが、その「高」は、収穫高に由来していると思われます。江戸時代に前田氏が治めた加賀藩(現在の石川県・富山県)は、加賀百万石と言われましたが、これは大名の所有領を米の取れ高で量った為と思われます。石は10斗、約180リットル、1斗10升18,039リットル、1升は1.8リットル、1升は坪にできる米の量となる訳です。昔は米によって経済が成り立っていたので、米の重みは今の比ではなかったと思われます。侍の給料も米によって支払われていたので、その重要さは計り知れないものがあります。石=10斗、斗=10升、1俵=4斗、1升坪でできる米の量で、これを少し覚えておくと不動産のことが少し分かって面白いかもしれませんね。
不動産業は、土地面積を平方米・坪で表わす慣習になり、平方米いくら、坪いくらという具合に量計しています。公の発表によるものはすべて平方米換算で表記されていますが、昔からの不動産業は今も坪換算になじんでいるようです。
今回は尺貫法について話しました。
【尺貫法(しゃっかんほう)1958年廃止】
| 長さ「間(約1.82m)」「坪(約3.3㎡)」
1寸(すん)=3.03cm 一尺(しゃく)=30.3m(10寸) 一間(けん)=1.82m(6尺) 面積1坪=3.31㎡(1間×1間) |
不動産遊民
都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)




